東京地方裁判所 昭和23年(ワ)60号 判決
原告 関山幾三郎 外十一名
被告 国
一、主 文
原告等の各請求を棄却する。
訴訟費用はこれを十一分し、その十を原告早川次郎及び同早川ノブを除くその余の原告等の負担とし、その一を三分し、その二を原告早川次郎の、その一を同早川ノブの負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は、「被告は原告関山幾三郎、同葉山進一、同安藤富五郎、同狩野源太郎、同安藤芳太郎、同桜井進、同柴田豊造、同西山トミ、同相馬愛蔵及び同松本三郎に対し各金五十万四千四十八円、同早川次郎に対し金三十三万六千三十二円、同早川ノブに対し金十六万八千十六円並びに右各金額に対する昭和二十三年一月二十日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「別紙目録<省略>記載の建物三棟は、それぞれ、別紙目録記載の通り原告早川次郎及び同早川ノブの先代早川右一郎並びに右原告等を除く原告等の所有するところであつたが、淀橋税務署長小俣育三は昭和二十二年十二月十七日訴外尾津喜之助に対する昭和二十一年度増加所得税随時分滞納金及びその督促手数料徴収のため、同人に対する滞納処分として国税徴収法の規定により右建物三棟を差押え(登記は同月二十日受付)、その公売期日を翌二十三年一月二十日と定めてその頃原告等(但し、原告早川次郎及び同早川ノブについては先代早川右一郎とする。以下特記しない限りこの例による。)に通知した。原告等は昭和二十二年十二月二十六日前記税務署長に対し所有権を主張し、尾津から原告等に各所有権を譲渡する旨を記載した東京地方裁判所昭和二十二年(ユ)第二二二号調停事件の調停調書の正本を示して差押解除による右建物の取戻を請求したのであるが、右税務署長はこれを拒否し、公売を断行すべき旨主張して譲らなかつた。そこで原告等は右建物が公売されるのを防ぐため、止むなく同月十九日及び翌二十日の二回に亘り淀橋税務署長に対し、前記税金五百五十四万四千五百一円三十五銭、督促手数料金五円、滞納処分費金二十二円四十銭の合計額にあたる金五百五十四万四千五百二十八円七十五銭を、平等の割合の負担を以て、代納名義で納付した。税務署長の右行為は、原告等に対する不法行為というべきものであつて、その間の事実を詳かにすると、次の通りである。
(一) 原告等は古くから右建物の敷地の夫々の部分に所有権、賃借権等を有し、その上に店舗を有して商業を営んで来た者であるところ、戦災により右店舗一切が焼失した後、前記尾津喜之助が右土地を不法に占拠し、その上に前記三棟の建物を建てた。そこで原告等は右土地に関して長く尾津を相手に紛争を重ねたが、昭和二十二年十月十三日尾津の申立にかかる東京地方裁判所昭和二十二年(ユ)第二二二号借地協定調停事件の調停において、夫々尾津から別紙目録記載の通り建物の譲渡を受け、所有権を取得すると共にその敷地の引渡を受け右調停は同月二十七日認可された。
(二) しかるに原告等は突如前記の如く、右尾津の滞納税金のため右建物に対し前記処分を受けるに至つた。この場合右尾津自身が右税金を完納することは、その資力からみて全く期待できない状態であつた。しかも、もし右建物が一度公売されて第三者の占有に移つた場合には、実体上の権利の移転の効力の如何にかかわらず現実に原告等にこれを回復することは極めて困難であつたといわなければならない。この困難を避ける方法としては、原告等が公売においてこれを落札すること又は尾津の滞納税金等を代納することが考えられた訳であるが、前者の方法によるときは本件建物により営む事業の年間収益の予想額八百五十七万四千円を年一割の利潤とみてその原価を算出すれば、右建物の価格は金八千五百七十四万円となり、従つてそれ以上の価格で入札しないと確実にこれを入手することを期待できないわけであつたが、原告等はとうていかかる金額を支出する資力を有しなかつた。
(三) そこで原告等はまず前記の如く淀橋税務署長に対し、前記調停調書を提示して建物取戻を請求した他、大蔵省、東京財務局その他の担当公務員に対し、繰返し事情を訴えて陳情を重ねた。而して右淀橋税務署長はこれらの陳情等を通じて充分に右の事実を知るに至つたにも拘らず、敢て原告等の請求を拒否して前記滞納処分を続行しようとし、原告等をして前記のように尾津から回収することの事実上不可能な滞納税額を代納名義で納付することを余儀なくさせ、これにより、その職務を行うについて故意かつ違法に原告等に対し、右納付額と同額の損害を加えたものである。よつて被告は原告等に対し、各自につき前記納付額金五百五十四万四千五百二十八円七十五銭を平等の割合を以て分割した額を賠償する義務を負担することになつた。
もし右の事実が不法行為にならないとするも、原告等は自由意思を抑圧されて代納したものであるから被告は右の事実により、法律上の原因なくして原告等の右出捐により利益を受け、これがために原告等に損害を及ぼしたものであるから、原告等に対し前記と同額の金員を返還する義務がある。
而して早川右一郎は昭和二十三年六月十八日死亡し、その三男である原告早川次郎及び妻である原告早川ノブが同人の前記権利につき、夫々その三分の二及び三分の一を相続した。
よつて被告に対し、前記賠償(又は返還)額の内金五百五十四万四千五百二十八円を十一分割した額(もつとも原告早川次郎、同早川ノブについては更にこれを前記相続分に応じて分割した額)、並びにこれに対する本件不法行為完了の時である昭和二十三年一月二十日から右支払の済むまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金(不当利得が認定された場合には、悪意の受益者として、受益の日より後である右の日からその支払の済むまで同率の利息)を夫々原告に支払うことを求める。」と陳述し、被告の主張に対し、「(一)各原告の請求は、その変更の前後を通じ何れも収税官吏たる公務員のなした同一の不法な租税滞納処分をその基礎とするものである。(二)本件建物差押当時その建物の登記簿上の所有者の名義は尾津喜之助であつたが、民法第百七十七条にいう第三者には公法人たる国家を包含しないから、原告等はその所有権の取得を以て被告に対抗し得るものである。仮にその解釈が正当でないとしても、前記調停の認可により、被告の機関たる東京地方裁判所が右建物について原告等の所有権の取得を確認しているから、被告は原告の登記の欠缺を主張することができないものである。」と反駁した。<立証省略>
被告訴訟代理人は「各原告は当初、その主張の建物は原告等の所有であるところ、淀橋税務署長小俣育三は訴外尾津喜之助に対する国税徴収のためこれを差押えた旨主張して、右差押の取消を求めたのであるが、後にこれを変更して、右小俣は違法な租税滞納処分により原告等を強制して尾津の租税を代納させ、これにより原告等に損害を与えたとして、被告に対し国家賠償法により賠償を求めるに至つた。右訴の変更はその請求の基礎に異同を生じたものであるからこれに異議がある。」と述べた上、変更の前後を通じ、主文第一項と同旨の判決を求め、「各原告主張の事実中、淀橋税務署長小俣育三が昭和二十二年十二月十七日尾津喜之助に対する昭和二十一年度増加所得税随時分納金等徴収のため、同人に対する滞納処分として国税徴収法の規定により各原告主張の建物に対し差押をし、その登記は同月二十日受付けられたこと、元来右建物は右尾津の所有であつたところ、原告等と右尾津との間に各原告主張のような調停が成立し、それが認可されたことはこれを認めるが、右建物が右差押の当時原告等の所有であつたことは知らない。仮にそれが原告等の所有に移つていたとしても、差押当時の登記簿上の所有名義は尾津喜之助にあつたから、原告等はその所有権をもつて第三者たる被告に対抗し得ない。加うるに右差押は淀橋税務署長が昭和二十三年一月二十日これを解除し、翌二十一日右差押登記の抹消登記がなされたから、これにより訴変更前の右差押手続の停止を求める各原告の請求はその理由を失つた。仮に前記訴の変更が許されるものとするも、代納名義を以て尾津の滞納税金等の額に相当する金員を淀橋税務署長に納付した者は原告等でなく訴外百崎保太郎であり、よし、百崎保太郎は原告等の代理人として納付したものであるとするも、右は国税徴収法施行規則第十七条により代納する意思を以て納付したものであつて各原告主張のような事由によるものでないから、収税官吏たる淀橋税務署長に右納付行為につき不法行為の成立する余地なく、従つて被告に国家賠償法による損害賠償義務を生じ、又は不当利得による償還義務を生ずることがないから、各原告の請求は理由がない。尤も原告早川次郎及び同早川ノブの早川右一郎相続に関する事実が右原告主張の通りであることは認める。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
先ず訴の変更の当否につき按ずるに、本訴において各原告が被告のいうように請求及びその原因を変更したことは記録上明かであるが、右変更の前後を通じ各原告の訴の基礎となつているものは、等しく原告等所有の建物に対する淀橋税務署長小俣育三の公務員としてなした徴税処分であるといい得べく、被告は旧訴のための防禦方法を悉く新訴に利用し得て、その間不必要な手続上の遅延の如きも考えられないから、右変更は許容すべきものである。
進んで事案の内容にはいつて審査するに、淀橋税務署長小俣育三が昭和二十二年十二月十七日訴外尾津喜之助に対する昭和二十一年度増加所得税随時分滞納金及びその督促手数料徴収のため、国税徴収法に基く滞納処分として別紙目録記載の建物に対し差押(登記は同月二十日受付)をしたことは当事者間に争がない。成立に争のない甲第二号証の四、五及び証人相馬安雄、同百崎保太郎、同平川定雄の各証言及び原告本人関山幾三郎、同葉山進一、同早川次郎の各当事者訊問の結果を綜合すれば、原告等は百崎保太郎の名義を以て昭和二十三年一月十九日及び二十日の両日に亘り、訴外尾津の滞納税金等の代納名義を以て五百五十四万四千五百二十八円七十五銭を淀橋税務署長に納付したことを認めることができる。右甲第二号証の四、五の記載は、このように認定すれば、必ずしも判断の妨となるものではなく、他に反対の証拠はない。
(一)成立に争のない甲第二号証の一、二及び原告関山幾三郎(第二回)、同早川次郎各本人訊問の結果によれば、原告等は夫々数十年前から前記建物の敷地の各部分に権利を有し、同地上の店舗により茶商、食堂経営等の商業を営んで来たところ、戦災によりそれらの店舗が焼失した後、前記尾津喜之助が右土地を不法に占拠し、そこに前記三棟の建物を建てたこと及び原告等は昭和二十一年九月十六日同人に対し右宅地明渡請求訴訟を提起し、爾来同人との間に右土地に関して紛争を続けて来たことが認められ、これに反する証拠はない。而して原告等が昭和二十二年十月十三日その主張の調停において、右尾津から夫々右建物を譲受けると共にその敷地の引渡を受けたこと及び同調停が同月二十七日東京地方裁判所によつて認可されたことは成立に争のない甲第一号証によつて明かに認めることができる。従つて右建物は右調停成立の日以後原告等の所有に属したにもかかわらず尾津に対する滞納処分として前記差押がなされたのであるが、右差押当時における同建物の登記簿上の所有名義人は尾津喜之助であつたことは当事者間に争がない。
よつて右差押の適否を審査するに国の徴税処分は国が公権力をもつて私人の財産権をとり上げる手続であるから、一般私法上の不動産の取引関係とは性質を異にし、租税債権による差押債権者たる国は民法第百七十七条にいわゆる第三者に該当しないという議論はたしかに一理ないわけではないけれども、租税債務者が第三者に譲渡した不動産を国家が租税債権に基いて差押えたような場合には、やはりこれを私法上の債務名義による強制執行の場合と同様に扱い、民法第百七十七条に規定する対抗要件の原則を用いて解決するのを正当とする。けだし、租税債権を保護することの必要性は、毫も一般私法上の債権と異るところがなく、そのうえ国が登記のない不動産の譲受人に優先するとしても、不動産の譲受人に通常の取引の場合に比し特に不利益を加重することにはならないからである。唯この場合納税義務者に対する滞納処分として差押えた物件につき国の収税官吏において納税義務者がこれを第三者に譲渡したことを知りながら、その後の手続を進めることが適当なりや否やの問題は残るが、それは、専ら時宜に応じてとられる徴税政策が決定するところであつて、収税官吏は、補助機関でなく、その権限を自ら行使することができる機関であるといつても、裁判官の如く事務上無監督なる独立性を保有するものでないから、この政策にしたがつてなされる上級官庁の指示にはしたがわなければならない筋合である。もし、最高の責任者が時宜に応ずる徴税政策の向うところを決定して些末な行政の上にもこれを反影する努力を払わないならば、国民からそれぞれの機関を通じて政治上の批難をうけることになるであろうし、直接処分を行う収税官吏が上級官庁の指示にしたがわないならば、官庁内部の規律にしたがつてその責任を問われることになるであろう。この点の理解と実践がなければ徴税における収税官吏のように単なる補助機関でなく、独自の官庁たる形態をとつている官庁とその上級官庁との間には指揮監督にもとずく上命下服の実が挙らず、いわゆる下剋上の弊を生ずる怖なしとしない。洵に戒心しなければならない次第であるが、ともあれこの問題は、このような訳合で法律上の適否を以て事を論ずべき筋合のものではない。なお、原告等代理人は、東京地方裁判所は被告の機関として本件建物の所有権が原告等に移転したことを認めたから、被告は原告等の登記の欠缺を主張することができない結果、本件滞納処分が違法になると主張するけれども、裁判所が調停手続に関与するのは、紛議ある当事者間の権利関係の調整を斡旋し、これを記録し、認証する法律上の手続に携るのみであつて、当該権利関係につき実体上の利害を以て介入する関係でないから、この手続に関与するの故を以て国及びその機関が実体上の利害を以て対抗されるわけはない。けだし若し然らずとするならば、同一の権利関係につき異る当事者間において内容の異る調停の成立した場合、国及びその機関はいずれの調停による権利関係を以て対抗されるのであろうか、思半にすぎるものがあるであろう。本件滞納処分はとうてい原告等に対し不法であるといえない。
このように論じてくると不法行為を原因とする本訴請求は、その余の点について事実の確定をするまでもなく理由のないこと明かであるといわなければならない。
つぎに、不当利得の主張について判断するに、証人相馬安雄、同百崎保太郎、同平川定雄の各証言及び原告本人関山幾三郎、同葉山進一、同早川次郎の各当事者訊問の結果を綜合すれば、原告等が前記納付金の調達につき甚だしい努力と辛苦を重ねたことを窺うことができるけれども、納付につき自由意思を喪失する程度の強制が淀橋税務署長から原告等に加えられたことは到底これを認めることができない。そうであつてみれば、他に特段の主張立証のない限り右納付は、その外形的名義の通り、訴外尾津喜之助の滞納税金等の代納としてなされたものと認めるべきであるから、原告等の出捐行為は、訴外尾津喜之助に対する関係ならばともかく、被告国に対する関係では明かに代納なる法律上の原因あることとなり、不当利得もまた成立しない。したがつて、これを原因とする請求もまた理由がないこととなる。
よつて本訴請求はすべて失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項の規定を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 小川善吉 中島一郎 矢口洪一)